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内田勇一郎さんは、「ねぎっ娘クラブ」の一員。現在25歳の彼は呉崎の白ねぎ生産農家に生まれ、一時は農業系の高校・大学で技術を習得するため市外へ出ていました。いよいよ就職を考えなければというとき、勇一郎さんはやはり家に残ることを考えたのだとか。 「小さい頃から手伝いをしていたわけではなく、むしろ畑ではキャッチボールをして遊んでいたほう(笑)。でもこのあたりではみんなが家に残っているから、僕も残ろうかなと思えた」 「家を継がなければ」という使命感だけではなく、そこに同じ思いで白ねぎを育てる仲間がいる。その心強さが決め手となって呉崎に帰郷したのだそうです。 「農薬を減らすのは当然の義務だと思っています。だからほとんど農薬は使っていません」 さらに、夏場は暑さにやられ生産量が落ちるため、高冷地にある飯田高原での栽培も始めました。現地飯田の生産者たちとの研修、技術交換を行い、交流も深まっているのだそう。 これらの努力があって、近年は安定した需要が確保できるようになっています。中国産の安全性問題もあり、逆に大分の白ねぎは評判が高まって、九州一の生産量を誇っているのです。 |
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| 白ねぎの種。機械で蒔きやすいようにコーティングしている | 種を蒔き2カ月経ったら、畝に植えつけていく | 畝の幅は約1m。成長に合わせて周囲の土を寄せていく |
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| 畝の幅は約1m。成長に合わせて周囲の土を寄せていく | 飯田高原の畑から収穫して持ち帰ったネギ | エアーで土で汚れた皮を取り除くと真っ白に輝く茎が現れる |
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| 規格別に飯田で育った「高原ねぎ」のラベルで結束され、あとは箱詰めされるばかり | 干拓地の土はサラサラとしていて貝殻が混ざっている | 豊後高田市呉崎。見渡す限り続く白ねぎ畑 |
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